『つばさの丘の姫王』 2011年バレンタインデーショートストーリー by 六花梨花 |
ウィングフィールドの雑貨屋に出入りしている業者が 「2月14日は、バレンタインデーといって、意中の男性に女性がチョコをプレゼントする日なのですよ」 と、セールスしていたという…… |
「という訳で、チョコを持っていたりする」 |
「業者さん、チョコが売れ残っていたんですね。 そしてそれに、まんまとつきあっている訳ですね」 |
「どうせなら、楽しもうと思ってな」 |
「お祭り好きですものね、貴女は。 で、誰に配るんですか?」 |
「そうだな……ちょっと様子を見てから、考えるとしよう」 |
掌大の白い袋に入ったチョコ片手に館の廊下をうろついていると、手招きするティーズと出くわした。 |
「ヴィヴィアン、ヴィヴィアン。 飴をあげよう。 ほら、お前の好きな苺味だぞ~」 |
「うむ、貰ってやろう」 |
「じゃあ、お返しに」 |
「ん?」 |
「チョコちょーだい☆」 |
「断る☆」 |
「えっ、ちょっ、えーっ!?」 |
ヴィヴィアンはティーズから飴を強奪……もとい、貰い、チョコを渡さず、別のところへと向かう。 |
「ちっ」 |
酒蔵庫の前に、ダウスがいた。 |
「なんだ、また酒を探してるのか」 |
「そうだ。ブランデーの良いのがあると聞いたのだが、 どこに隠しおった、あの眼鏡……」 |
「ブランデーか。チョコに合うな」 |
「その手にしているものはチョコか。 どうしても貰ってくださいというのなら、 貰ってやらんこともないぞ?」 |
「じゃあ、やらん」 |
「だったら、始めから話をふるなっ!」 |
ヴィヴィアンが廊下をてくてく歩いていると、前からエドリックがやってきた。 |
「ヴィヴィアン様…」 |
「どうした、エドリック」 |
「…業者から話を聞きました… その、チョ――」 |
「なんだ、欲しいのか。 ではやろう。はい、チョロギ」 |
「えっ…!? チョコではないのですかっ…!?」 |
「チョコもあるが、お前にはこちらが似合う。 遠慮なく受け取るといい」 |
ヴィヴィアンはエドリックにチョロギをひとつ、渡した。 |
「あの…出来れば、その…チョコ、も… ――あ、あれ、ヴィヴィアン様……?」 |
ヴィヴィアンはもう別のところへと移動していた。 |
「ヴィヴィアン様ーっ!」 |
裏庭を歩いていると、クリストファーが駆け寄ってきた。 |
「これ、さっき釣ってきた魚です! 焼いて食べませんか!?」 |
「うむ、いいな。 塩はばんばんに効かせてくれ」 |
「はい、わかりましたっ! だけど、その…しょっぱいものを食べると、 あ、甘いもの…食べたくなりますよ…ね…?」 |
「ああ、そうだな」 |
「だったら、えっと、そのっ、あのっ… 魚のあとに、ヴィヴィアン様の持っているチョコ、 俺にも少し…その…わ、分けて……」 |
「なんだ。お前もチョコ狙いか」 |
「ううっ…すみません… っていうか、皆さん、そうなんですか…?」 |
「そこにオレも参戦っ!! ヴィヴィアン、ヴィヴィアンー! オレの嫁だろー! オレだけに、チョコー!」 |
「そ、そんなっ…俺だって欲しいのにっ…!」 |
「そういうことなら、遠慮はしないよ? なんなら魔法を使ってでもっ…!」 |
「荒事はどうかと…」 |
「さらりと参加して、綺麗事ヌカしてんじゃねぇよ! このメガネ!」 |
「まあまあ、喧嘩はいかん。 喧嘩するのなら、これすべて、私が食べてしまうとするか」 |
ヴィヴィアンは袋を開けた。 |
「ええーっ!」 |
「だったら、キスして奪うまで!」 |
「オレも口の周りベロベロしまくってやるっ!」 |
「あ、うっ、う、あっ、どーすればいいんだーっ!」 |
「ヴィヴィアン様、 一欠片でも残していただければ、と…」 |
「ん…なんだ、これは」 |
「一口サイズのキスチョコですね」 |
「ひとつしか入っていないと思っていた」 |
「中身がどうなっているか知らずに、 誰か一人にだけあげようと思っていたのですか」 |
「ああ、そうだ」 |
ヴィヴィアンは中身の数を数えた。チョコは6つ入っている。 |
「ふむ。全員、一列に並べ」 |
「ん? なんだ?」 |
「さあ……」 |
「ヴィヴィアン様、一体……」 |
「うわーん! あむっ!?」 |
大泣きしている八角の口へ、ヴィヴィアンはチョコを投げ入れた。 |
「うまーい! あまーい!」 |
「そら、全員、口を開けろ」 |
ティーズの口に、チョコを放り込む。 |
「あーん、む…美味いっ」 |
続いて、エドリック。 |
「うっ……その…失礼いたします…んっ…んんん…」 |
その次に、クリストファーの大きな口へ。 |
「う、は、恥ずかしいっ…でも、いただきますっ! ……あっ…まーい!」 |
「ほら、ペチュニアも。あーんしろ」 |
「そこは鼻先ですよ、ヴィヴィアン様。 普通に食べさせてください。 ん……うん。まあまあですね」 |
「よし、これで全員に行き渡ったな」 |
ヴィヴィアンは満足そうに仁王立ちする。 |
(予想通りですが…) |
(ヴィヴィアン様の好きな人…わからなかった…) |
「ははは。ヴィヴィアンは男を手玉に取るのが上手だなぁ」 |
「さすが、オレの嫁!」 |
「人数分あったのだったら、あまるだろう。 つまみにする。寄越せ」 |
「残念だったな。私が食った」 |
ダウスは忌々しげに舌打ちをすると、酒を片手に、無限図書館へと引きこもった。 |
「ふふふ。来月が楽しみだ」 |
「まだ何か、業者に吹き込まれているのですか」 |
【おしまい?】 |
※この後のお話、2011年ホワイトデーショートストーリーはこちらから |